人の心を動かすか否かは、その大義にかかっている

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最近、「ワカホームでこんなことやりたいので場所を貸してほしい」という依頼を2件続けて断った。
その人が嫌なわけでもないのだけれど、そのやろうとしていることに「大義がない」もしくは「大義のベクトルが自分に向いている」と感じた。

大義のあるなし大義のベクトルって何かを始める時とても重要だと思う。
ここでいう大義とは、行動の軸を支える土台のこと。

大義が「自分のために」だとするならば、人を巻き込んではいけない。
なぜなら自慰に付き合わされる苦痛を与えることになるから。
大義が「人のために」だとするならば、人から力を貸してくれる。
なぜなら人の心を動かすから。
たとえば、「大ホールの舞台で演奏したい」という演奏家と、
「大ホールで演奏するような奏者になって、支えてくれる人たちに光を当てたい。」というフルート奏者坂口実優さん。
どちらが、多くの人の心を動かし、力を貸したくなるであろうか。
事実、駆け出しではあるものの、坂口実優さんが演奏するほど、奏者としての様々な道が開け拡大している。

大義は「自分のために」より「人のために」の方が圧倒的にエネルギーが強い

ワカホームの大義は「うつ病と自殺をなくしたい」。
そして関わる人の好きなこと、得意なことを繋いで価値を高め自信をつけてもらいたい。
そしてその高まった価値をお金に換金していく。

ただ、小利口に目先の損得で考える打算家にはドライに対応する。
それは不器用であっても「人のための大義」に賛同して下さる方と成功目指して歩むことに注力したいから。


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